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マ ン グ ロ ー ブ に 自 然 に 着 く 牡 蠣

  • しかし、このような自然環境から育つ自生牡蠣を養殖しているのであるから、今日に至るまでは苦労の連続だったろうと、ハミルトンさんに問いかけると「その通りだ」と語り出す。ここで父親とジャングルを切り拓き、家を造り、海の中に自生している牡蠣を採って町の市場に持って行く生活をしていた。そのころは採りやすい場所から採取してので、次第に収穫が少なくなって困っていた時に、牡蠣は養殖ができると聞いた。1991年のことだった。いろいろ工夫して始め、育つことがわかって少しずつ増やしてきた。
  • マングローブに自然に着く牡蠣を5㎝以上になってから採り、それを海中に置かれたロングラン方式で育てる。1年から1.5年で成長する。殻の処理は海に戻したり、民芸品にして販売したり、道の砂利代わりにもする。根元にカニがいる。カニは12月からシーズンであるが牡蠣より安い。小魚がたくさん泳いでいる。干満差は2m半。雨が降ると塩分はゼロとなるという。この環境の牡蠣は美味いだろう。オーストラリアのタスマニアでも同様環境の養殖場を見た覚えがある。あそこの牡蠣は絶品だった。しかし、このように一人で頑張った養殖の牡蠣、市場に持ち込んでも、品質を信用されず、常に価格を叩かれ、儲けはほとんどなく、生活ができない状態に陥っていたところに、クーチマールプロジェクトが現れ、養殖方法についても指導を受け、定期的に海水と出荷する牡蠣の衛生状態を検査し、規格基準値を満たしているという「APR0UADO 牡蠣品質証明書」を発行してくれることになった。
  • この品質証明書は、普通は月1回、夏場は月2回、サルモネラ菌やいくつかの成分検査をして、それによって品質合格の証明書をクーチマール名で発行するものだが、これでようやく市場で品質の安全性と、牡蠣養殖が職業として認められることになり、結果として価格が安定、生活状態が向上した。まだ、ぜいたくはできないが、家具などの必要なものは買えるようになって、将来への希望が出てきたし、同業者全体がよくなったことで、地域全体が元気になって、社会の中での自分や家族が位置づけされたような気がしている。それまでは最下級階層だったから、本当にクーチマールプロジェクトのおかげだと、大きなアクションで、体から喜びを溢れさせ、こちらを真っ直ぐに見つめ、輝く眼差しで語ってくれ、是非、自分の牡蠣の味を試してもらいたい、これから自分のレストランに行こうという。そのレストラン、ジャングルの中に造ったドアなしの簡単なテーブルだけのものだが、座ると次から次へと生牡蠣、焼き牡蠣、魚料理が出てくる。ハミルトンさんの牡蠣の開け方は、マガキと同じ方法であり、開ける前にナイフで牡蠣を叩くと、その音で中身が充実しているかどうかがわかるといい、形が不ぞろいの牡蠣を次から次と開けてくれる。味わいは、フランスの平牡蠣に似ていて癖がなく美味い。何個も食べられる。貝柱が大きく肉厚である。日本人好みだとも思うし、口の中に残る感覚が素晴らしい。世界中の海で牡蠣を食べているが、多分、ベストスリーに入る味だと感じる。
  • このレストランの価格は、持ち帰り生牡蠣が一ダース8レアル(1レアル=54円換算で約430円)。ここで食べると生牡蠣一ダース16レアル(約860円)と高いが、牡蠣を開ける手間代が入るのだろう。焼き牡蠣は一ダース16レアル。料理はグラタンとかピリ辛オリーブ油のせで一ダース20レアル(約1000円)。生牡蠣を食べる際は、必ず白ワインと決めているので、ハミルトンさんにワインを要望すると「ここではお客さんがワインを持参するスタイルになっています」というすげない回答にがっかりしたが、可哀そうと思ったのか椰子のジュースが出てきた。ジーパンの中まで虫が侵入するのには参るが、ハミルトンさんの牡蠣を楽しんでいると、向こうから一人の日本人が軽快な足取りで現れた。この人物が、中村矗氏ご子息のミルトン・中村さんである。かつてサッカーJ1ヴィッセル神戸に入団テストを受けた程のスポーツマンだが、さすがに親の遺伝子か、クリチバのような都市では暮らせないと、グァラツバ湾に移り住み、今はグァラツバ市職員で環境行政を担当し、マークスさんと協力してハミルトンさんを助けている。
  • ミルトン・中村さん、マークスさんと一緒に出てくる牡蠣をお腹いっぱい食べて、支払いは100レアル(約5400円)。この価格、高いかどうかの判断は難しい。とにかく大量のマングローブが繁茂している海で育った牡蠣である。日本では食べられないし、虫に噛まれながらのジャングルレストランであるが、ハミルトンさんの貴重な体験話を聞けたし、マークスさんによる無償の車一日運転付きである。金額で図れない。
  • ロングラン方式ハミルトンさんのレストラン
  • このハミルトンさんのところでの体験、21世紀に成長する新しいカタチを見たような気がする。それまでブラジルはBRICsの一角として、世界経済の中で存在感を示しているが、一方、貧富や地域格差が強い国というイメージだった。だが、中村矗氏のDNA受け継いだであろうミルトン・中村さんや、マークスさんが所属するクーチマールプロジェクトなどの活躍によって、今まで経済的に最下層階級にいたハミルトンさんのような人々を、生活ができるようにした民間政策が展開されている事実に接し、ブラジルレアル為替が昔は一ドル=4レアルだったものが、今では一ドル=1.7レアルとなっている背景が現場から理解できたような気がした。ブラジルは過去の経済変遷を乗り越えて、確かな成長を遂げると感じた次第である。

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