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赤道直下に牡蠣は生息しているか

世界牡蠣研究家 山本紀久雄

  • インドネシアのような暑い国、北部地方は赤道直下であり、これらの地域では牡蠣が生息していないのでは、という疑問を以前から持っていた。この疑問を持ちつつ台湾に行ったとき、訪問した基隆の水産試験場で、これを発言すると一枚のコピーを持ってきた。タスマニアで開催された国際牡蠣学会の資料で、それが次の内容である。原文は英語だが日本語に訳してみると、インドネシア・バリ島に牡蠣が生息していることがわかった。そこで2012年5月、インドネシアのジャカルタとバリ島に向かった。
  • 「インドネシア、バリ島のスランガン沿岸におけるSaccostrea cucullata生殖生物学の研究 Apri Supii1 Kadek Mahardika2 Nobuyoshi Nishikawa3, Kimiya Homma3Saccostrea cucullata(イタボカキ)は熱帯性の牡蠣であり、バリ島の沿岸付近でよく見られる。商業的価値は高いのにもかかわらず、この牡蠣の生殖生物学に関する情報はない。この研究の目的はSaccostrea cucullataの形態学、生殖腺の発達レベルを分析するものである。生殖腺の発達レベルはステージ1から4まで4段階に分かれる。一年間を通し月毎にサンプルが採集された。
  • それによると、貝の全長平均は53.81 mmで、貝の幅は37.72 mmであった。生殖腺発達段階の最も高いレベル(ステージ4)の牡蠣は、8月から10月であった。この牡蠣は季節による大きな影響はなく、一年を通し生殖腺が機能することが結論付けられた。」上記はバリ島海洋養殖研究所が作成し、Apri Supii氏が2011年のタスマニアとアで開催された国際牡蠣学会で発表した資料であり、ここにNobuyoshi Nishikawaと日本人ではないかと思う名前がある。
  • そこで、この日本人にもお会いしたく、その後いろいろ調べ札幌在住の西川信良氏と判明し、後日、札幌でお会いしたが、その内容については後段で述べるが、その前にインドネシアという国について概要をお伝えしたい。

日本とは比較が出来ないインドネシアという国

  • インドネシアを訪問し、現地企業、日本企業、女性作家、経済評論家等とお会いし、いろいろインドネシア情勢について伺ったが、日本とは比較出来ない面が多い。
  • ① 多様な国家
  • インドネシアという語は「インド」に、ギリシャ語の島の複数形「ネシア」をつけたもので「インド諸島」や「マレー諸島」に代わる地理学、民族学上の学術用語として、1850年に新たにつくられたものである。したがって、インドネシアという語は一世紀半の歴史であり、国の一体性もせいぜい一世紀ほどの歴史だが、この地域にはそれぞれ島ごとに異なる2000年の豊かな歴史・文化があり、それを象徴するかのように、1128の民族集団と745の言語が確認できるという。また、インドネシアは6000あまりの無人島を含む17504の島々からなる世界最大の群島国家である。
  • ② 交通渋滞の酷さ
  • インドネシアの首都ジャカルタに着いての第一印象は、道路渋滞のすごさである。今まで訪れた都市での渋滞ワーストスリーは、一位がカイロ、二位がモスクワ、三位がサンパウロとランク付けしているが、ジャカルタはここに食い込むだろうと思うほどの酷さである。ジャカルタの人々は「一日の三分の一はベッドの上、三分の一は職場、残りの三分の一が道路上」と半ばあきらめ顔でいうが、車も二輪車も売れに売れている。
  • 車は一種のステータス・シンボルなので「渋滞が酷いから」という理由で車を買い控えようという発想はなく、二輪車は車間をぬって効率よく動けるので、渋滞が酷いほどよく売れるということで、保有台数はますます増えている。その結果、2011年度の新車販売数は前年対比17%増の89万台、二輪車は初めて800万台を超え、ともに過去最高を更新した。したがって、トヨタもスズキもインドネシアに新工場を建設し生産能力を高めている。渋滞理由はインフラ整備遅れにあるが、どうしてインドネシアではそのような結果となっているのであろうか。
  • インフラ整備に必要な資金はあったはずである。というのも第二次世界大戦後、日本はインドネシアとサンフランシスコ平和条約に準じる平和条約を結んで、多額の賠償を支払っているのであるから、このお金でインフラ整備をしておけば今日のような渋滞は発生しなかったと思われるが、それがそうならなかったのには複雑な背景が存在している。これらを説明しだすと紙数が足りなくなるのでやめるが、ご関心ある方は「経済大国インドネシア」(佐藤百合著)を参考にされたい。なお、現在でもジャカルタ市内地下鉄工事、新空港と国際港湾建設は、日本の支援で進めている。
  • ③ インドネシアは人口ボーナス大国
  • インドネシアの人口は2.38億人(2010年)で世界4位。国土面積は191万㎢で世界16位であるが、海洋大国であるから領海が陸地の二倍近い320万㎢もあって、東西の長さは5100kmに及ぶ海域で、ちょうどアメリカの陸地部分がすっぽり入る大国である。しかし、この人口と国土の大きさに比して、GDPは7070億ドル(2010年)で世界18位と少ないのであるが、今後は大いに期待できる要因がある。それは、生産年齢人口という人口ボーナス、日本は既に減少期に入って、中国も韓国も近々減少期に突入するのに対し、インドネシアは1970年頃から2030年頃まで60年も続くから、今後20年間は国内需要増加が大いに期待される。
  • ④ 旧日本軍への評価
  • ここで戦後賠償しなければならなくなった旧日本軍の評判を振り返ってみたい。
  • ネガティヴな面の多いといわれている旧日本軍政で、褒められるのは「言語統一」くらいである。というのもオランダ統治時代は、オランダ語を公用語としてインドネシア語を無視していたが、旧日本軍が今通用しているインドネシア語に改めている。この言語統一くらいで、その他についてはあまり評判がよろしくない旧日本軍の進出背景思想には、いわゆる「南進論」に帰するが、それは、
  •  ●日本の生命線は南方にある。端的にいえば油の問題、蘭印からとるより仕方ない
  •  ●インドネシアは経済的には「未開発の厖大な資源が放置」されている
  •  ●政治的には「オランダの支配下で隷従」を強いられている
  •  ●文化的には「きわめて低い段階」と認識し
  •  ●それ故に「アジアの解放」を国家目標に掲げて
  •  ●「世界で優秀な民族」である日本人によって現状を打破する必要性がある
  • という論理構築であった。
  • この論理を一言でまとめれば「南方圏をただたんに資源の所在地と捉えて、そこの歴史も文化も民族も無視する」ものであった。旧日本軍に対する評判について、フランス人ジャーナリストのリオネル・クローゾン氏が、今年の1月から2月にかけてボルネオ島を取材で訪ねた際の発言が参考になる。ボルネオ島とは世界で3番目に大きい島であり、マレーシアとインドネシアが領有しているが、リオネル氏は「ボルネオ島では旧日本軍が随分悪いことをしたと現地で聞いた」と筆者に語り、加えて「ボルネオ島の人が今の日本を訪れると、旧日本軍のイメージ全く異なるのでビックリする」と語る。
  • 我々は、この旧日本軍行動の背景にあった思想を感じ取らねばならないだろう。それはインドネシアが「文化的にきわめて低い段階である」と、幕末時の信仰的攘夷思想と同様、観念的に思い込んだことで、未熟で拙劣な分析である。世界のどの地域にも、豊かな歴史と文化があるというのが普遍的な事実で、日本だけに長く豊かな歴史に基づく文化があるという観念的思考をもつことは大問題である。正しくは、日本の文化は豊かで優れている、同様に日本とは異なる豊かな優れた文化がどの地にも存在している。このように理解し認識すべきなのである。このような分析に基づく思考力を持ち得なかったのが旧日本軍であったが、現代の日本人も同様の思考力で物事を展開しがちであることに気づくべきであろう。
  • ⑤ 現在の日本への評価
  • 一方、現在のインドネシア人の日本観はどういうものか。ここでインドネシア人の最新修士論文(2010年)から引用してみよう。(「経済大国インドネシア」佐藤百合著)
  • この論文も旧日本軍の進出を起点として日本観変遷を6段階に分析している
  •  1. 占領者としての日本
  •  2. 従軍慰安婦を強いた日本
  •  3. 開発資金提供者としての日本
  •  4. 先進国としての日本
  •  5. ハイテク国の日本
  •  6. ポップ文化の日本
  • この中で1と2が区別されているのは、従軍慰安婦問題の責任と補償が今なお未解決の問題として認識されている事実を示している。インドネシアのすべての生徒たちは1と2について小学六年と中学二年で必ず学ぶようになっているという。だが最近は5と6によって、世界中の多くの国と同様の「クールジャパン」現象で、日本の人気は高く、日本愛好家(プチンタ・ジュパン)が増えている。
  • ⑥ 現地企業を訪問して感じたこと
  • インドネシアは、人口と国土の優位性を未だ発揮していないが、20年間も続く人口ボーナスに成長がともなえば、迫力あるエンジンとして作動するわけで、先進国になるかどうかの鍵は、この人口ボーナスを活かした政策を採れるかにかかっている。また、それはインドネシアに進出する日本企業にとっても同様で、巨大人口を活用する展開方法が採れるかどうかが成功の鍵である。
  • だが、もうひとつクリアしなければならない重要な問題がある。それは、インドネシアは多様性ある国家の宿命で、政府当局が経済成長のために選択する政策は、当然に多様性に富み、頻繁に変更していくので、これに対応することが出来るかどうかである。諸外国と比較し変化が穏やかな、現在の日本社会で慣れ親しんだ日本人には難しい課題であるが、今回、ここをクリアし成功している日系現地企業を訪問したが、その内容については牡蠣という主題と離れるので省略したい。
  • しかし、成功した背景としては、複雑なインドネシアの諸税法体系を巧みに活用していることがわかった。実は、インドネシアには所得統計がなく、中央統計庁の家計支出統計「国民社会経済サーベイSUSENAS」でもなかなか実態は分からない。そこで手がかりになるのは個人所得税の納税額であるが、この徴税捕捉率も低く、個人所得税の納税者が85万人(2008)しかいない(「経済大国インドネシア」佐藤百合著)ということから推測すると、各企業も納税率は低いのではないかと推測されるが、これは脱税とは違うらしいのである。インドネシア政府当局が打ち出す政策と税体系を常に注視し、それを巧みに取り入れて行くと税金は支払わないですむらしいのである。
  • 頻繁に変化する事例として、例えば、インドネシアは石炭を輸出しているが「インドネシア政府は輸出価格を毎月変えるという仕組である」(日経新聞2012年5月18日)というように、多様性ある国家の宿命で、政策も多様性を富み、変化が激しい。リーマンショックの時にインドネシアは影響を受けなかったが、それは政府が輸入規制をかけて国内品で固めたためといわれているように、政府の方針が弾力的で、すぐに国民に伝わりやすい国である。加えて、為替相場も激しく動くという環境下でビジネスを進めるには相当の変化対応力が問われ、この変化対応力に優れているとビジネスは成功するし、諸税法体系を熟知把握し駆使すると大儲けできるというのがインドネシアビジネスなのである。

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