073.jpg

HOME > ストーリー > 世界のかき事情 > アメリカ西海岸 > アメリカ西海岸 その2

ア メ リ カ ・ シ ア ト ル

海 辺 の 街 シ ア ト ル

  • ここアメリカ・シアトルの5月下旬の朝は気温摂氏13度。最高気温が20度。日中は晴れと曇りと雨がミックスする。陽が差しているのに雨が降り、空模様の変化は激しい。
  • シアトルはアップダウンが多く、歩くと結構大変で、アメリカらしい規模の大きい建築物が並び、海岸にイチローが所属するマリナーズの球場セーフコフィールドと、巨大なアメリカンフットボール場が並んでいるなど、日本の都市とは景観が大きく異なっている。
  • sign_15.jpgイチローのポスター
  • 街角のショップウインドウにイチローのポスターが飾ってある朝の散歩、途中の交差点で背広にネクタイ、帽子を被った年配紳士が「アーユー チャイニーズ」と聞いてくる。「ノー ジャパニーズ」に、すぐさま「オハヨウゴザイマス」と切り替えてくる。交差点内で行き交う背の高い中年女性、黙って通り過ぎようとすると「ハーイ」と笑顔で声掛けしてくる。歩道ではシアトルマリナーズの野球帽を被った、いかにもスポーツマンらしい引き締まった体躯の中年男性、こちらと眼を合わすとニコッと「ハーイ」。歩いていて声掛けしてくるのは、どうもこざっぱりした服装の人で、十人に一人という感じで白人だ。声掛けしない目つきが厳しいのは黒人か移民系で、乞食も声掛けし手を差し出してくるし、ドリンカーみたいな人種も時折いるが、街全体の雰囲気は歩きやすく穏やかだ。

シ ア ト ル の 人 々 は 牡 蠣 が 好 き か

  • 牡蠣について一般のアメリカ人に今回聞いてみた。聞く人の対象選定は難しい。なぜなら牡蠣は多くの人は食べないものだから。欧米ではどちらかといえば高級品に属する食べ物。ということはそれなりの生活レベルの人に聞かないといけないだろう。ということで今回はシアトル市内の会計士事務所にお伺いし、そこの会計士の女性4名からお話を聞けることになった。
  • こちらの会計士は日本と異なっている。日本のように監査を中心にしているのではなく、各企業の決算書や税務申告書を作成している。どちらかといえば日本の税理士業務にちかいと考えた方がよい。それぞれが個室を持って仕事をしているので、4人の方の部屋へそれぞれ移動し、お聞きした結果が次のとおりである。会計士の収入階層は中の上。
  • お聞きしたのは2006年5月、最初は32歳女性。牡蠣は一回しか食べたことがないという。サーモンは食べるし白身の魚も食べるが。牡蠣は高いレストランにしかないし、友達と行くようなレストランには置いていない。友達で牡蠣を食べに行ったということなぞは聞いたことがない。高いものを食べるということはステーキかカニとロブスターだ。魚そのものは好きだが。牡蠣は未知の食べ物だ。全く食べたいと思わない。タコと同じだ。日本人の友人とタコを始めて食べたがそれまでは知らなかった。パイク・プレイス・マーケット(生鮮市場)に行けば牡蠣があることは知っているが、駐車場が混み合うので行かない。牡蠣を食べるか食べないかは家族の文化によるだろう。夫の家系はベジタリアンだった。自分の家系はアイリッシュだ。ポテトは食べるが牡蠣は食べない。それと魚は水銀が怖い。妊娠したら魚を食べてはいけないと産婦人科の医者が指導するほどだ。BSEの牛肉も食べない。生産地を調べてから食べる。肉にFDAのシールがあるものしか買わない。レストランで食べ残ったものを持ち帰る習慣があるが、ステーキの持ち帰りだけは店で許可しない。鮭でも自然のものがよい。養殖よりは。オーガニック優先だ。倍近い価格で高いが仕方ない。出来るだけ自然なものを食べたい。
  • 次は46歳女性。牡蠣は食べる。感謝祭サンクスギブンズデイ11月の第四日曜日が祭日。この日はターキー・七面鳥に剥き身の牡蠣を入れて、その牡蠣を取り出してオーブンで焼く。セロリやたまねぎやパンを混ぜる。
  • レストランでも食べるが生では食べない。八歳のとき叔父が牡蠣養殖していて生で食べるよう推奨されたが、匂いがすごくて、生で食べる気がしなくなった。生卵を食べないのと同じだ。
  • これを聞いてなるほどと思う。アメリカ人にとって感謝祭サンクスギブンズデイに、角切りにしたパンを用いた詰め物(「スタッフィング stuffing )」の七面鳥が、ディナーに欠かせないということは知っていたが、この女性は牡蠣を七面鳥に詰めていたのである。
  • 三人目は45歳女性。牡蠣は食べない。叔父がオイスターバーを持っていて、バーベキューのときに牡蠣100個焼いたが、味が強すぎ、臭いが強くだめになった。潮干狩りには行き、あさりは食べるが。魚は白身。ヒラメとかソウルフイッシュとか。テラピア、サーモン。自宅での料理の配分は肉が40%、鶏が 30%、魚が30%。肉は牛肉だ。BSEは全く気にしていない。
  • 最後の女性は40歳。牡蠣は大好きだ。シアトル生まれ。レストランに行って牡蠣があれば必ず食べる。20歳前半まで食べなかったが食べてみたらおいしいので今は好き。牡蠣は赤ワインである。魚介類には白ワインということは知っているが、自分は赤ワインだ。ブロン牡蠣のことは知らない。子供のときは牡蠣を燻製にしたものをよく食べた。食べ方はクリームチーズとクラッカーと一緒に。ターキーに牡蠣を入れるのは一般的であるが自分はしない。牡蠣が食べられるときはどこでも食べる。大好きだから。
  • いかがでしょうか。これが海に近く、アメリカ社会の中では魚介類が多く出回っているシアトルでの回答です。人によって随分違っていると思いませんか。これが欧米人の個性というものでしょう。日本では牡蠣が好きか嫌いかで聞くと、半分くらいの人は牡蠣フライが好きだから、牡蠣は食べると言うでしょう。生では食べない人が多いですが、フライや鍋もので一般的に食べると思いますし、お聞きするとある程度平均的な回答が多いのですが、アメリカではこのような状況でした。世界の人々はそれぞれ異なることを、改めて認識したシアトルでした。

生 鮮 市 場

  • シアトルには公共の生鮮市場はないが、海辺に近いところにパイク・プレイス・マーケット PIKE PLACE MARKET があって、ネオンサインの看板には「PUBLIC MARKET CENTER」とあるから、ここが公共市場なのかもしれない。
  • ここは1907年に漁師が魚を売る場所として始まったところだ。アメリカで一番古いという。夏の観光シーズンには一日40,000人も訪れる。カニやサーモンなどと並んで牡蠣もある。牡蠣は氷の中に埋まっているものと、箱に入って並んでいるものとがある。
  • sign_16.jpgパイク・プレスク・マーケット市場内
  • 店からは威勢のいい売り手の呼び声がかかる。こでは売り手と買い手のやり取りが見ものだ。買い手との話がまとまると、売り手はカニやサーモンをカウンターに放り投げる。これが見ものでパフォーマンスとして人気になっている。これを見るために、ここに来る観光客も多い。
  • 魚売り場がある一階から降りた地下、ここにもみやげ物売り場がたくさん並んでいる。食べ物屋も多いし、装身具や玩具売り場もある。「ブッシュはバカだ」と書いた等身大のパネルも売っている。ここは民主党の地盤。前回の大統領選でブッシュはこのワシントン州では負けたことが、このパネルで証明されている。
  • パイク・プレイス・マーケットの真向かいの通り、通りといっても土産物屋とか食べ物屋が軒を連ねている、アーケード街の一軒が、世界的に成功したスターバックスの一号店である。観光客が大勢店の前で写真撮っている。スターバックスは世界で人気のコーヒーショップだ。カップを手に持ち歩いている人が多いのも、これも発祥地だからか。また、シアトルには飛行機のボーイング本社があり、マイクロソフト社のビルゲイツが住んでいる。ボーイングの工場がどこかに移転してしまったらしいが本社は残っていて、ANAが新型機を50機発注したときはすごかった。一週間くらい新聞・テレビでこの話題だけだった。シアトルは定年後住みたい街の世界ベストワンらしい。頷ける街である。

オ イ ス タ ー バ ー

  • シアトルは海の街。さぞかし魚介類が豊富だろうと思っていたが、一般人へのインタビューでも分かるとおり、魚を食べる人は限られている。更にまた、牡蠣が好きな人は少ない。だが、その限定された人たちが行くオイスターバーは、どのようなところなのか。シアトル随一のオイスターバーである THE OCEANAIRE に訪問した。ここでチーフシェフの Kevin Davis 氏から説明受ける。
  • Kevin Davis 氏は、シアトルの前は香港のシェラントンホテルでシェフしていた。そこでは20種類の牡蠣があったが、牡蠣をあけて水で洗ってから客に出していて、これでは海の味が消えていたと、思い出すような語り口。この方法はシドニーと同じだ。このレストランで5年いる。オーストラリア、フランス、カナダを廻ってきた。ルイジアナ出身である。
  • 仕入れは、仲介業者がいて、各養殖場から仕入れてくれる。このルートが70%で一週間に2回仕入れる。養殖場から直接仕入れるのは30%。今日の18時に注文すると翌日の10時に入ってくる。24時間以内に海から採ったものという基準を設けている。
  • 日本の牡蠣を最初に持ってきたヤマシロさんを知っているかと聞かれる。今は85歳から90歳くらいで元気だという。写真を見せようかといっていたが、このヤマシロさんは知らない。
  • 店内の席数は250席。客は地元と観光客が半分ずつ。近くにコンベンションセンターがあるので、そこからの客が多い。
  • 今日の牡蠣の種類は12種類。14種類のときもある。メニューを見るとブロンはない。このちかく以外の産地はニュージランド、東海岸、アラスカからも入ってくる。東海岸は海の味が強く、西海岸は味が微妙で込み入っていて繊細だという。気候条件や川の近くか、牡蠣の種類で味が変るという。そのとおりである。なお、クマモト牡蠣はアメリカで有名すぎるので、扱わない方針だという。珍しい方針だと思う。
  • 牡蠣料理はオイスターロックフェラーだけ。5個で12.95ドル。
  • 牡蠣で最も高いのは KUSSHI CORTES ISLAND で1個2.5ドル。この牡蠣はNYの有名なシェフでトーマス・ケラットが本の中で紹介し有名になった。フレンチランドリーというレストランを経営している。牡蠣の育て方に秘密があるらしい。どうも籠に入れて時折ぐるぐる回す方式になっていて、そうして育てるとふっくらとした殻となり、殻の深みが厚みとなって小ぶりだが豊かな牡蠣が出来る。牡蠣カウンターに行き味見させてくれる。食べてみてビックリした。全く他の牡蠣と違う。品がよい。上品さで過去に食べたどの牡蠣より優れていると感じる。これを食べて他の牡蠣を食べるとすべて味にコクがない。それだけ味が抜群である。レストランで食べた中で一番美味い。さすがに高いだけのことはある。
  • Kevin Davis 氏の接客工夫は、客に牡蠣を出すとき、オーダー順に出して、一つずつ解説をすることにしている。そうすると感心して納得してくれる。そのようなアドバイスが大事だ。牡蠣に合うワインはシャブリ、ムスカデ、ロワールのバーカンデーだという。地元ワシントン州のものはあまり奨めないのが引っ掛かる。地元ではここのワインは素晴らしいと宣伝しているのに。しかし、世界的にはワシントン州のワインは無名なので、Kevin Davis 氏があげたワインが牡蠣に合うことは、牡蠣通なら誰でも知っていることだし、いろいろ飲んで味わってみて、そり通りと思っているので大きく頷く。ただし、地元のワインは赤が美味いと、申しわけなさそうに追加するところが地元で商売している弱みか。
  • 牡蠣は客が座るカウンターテーブル、その前にある氷の中に入っていて、そこから注文によって探し出し、その場で開けてくれる。これは始めてみたが合理的でショー的雰囲気がある。牡蠣は小ぶりのものしか扱っていない。大きいものは上品さが欠けるというのが主張。そうかもしれない。人によって好みが異なるが、高級レストランではあまり大きな牡蠣を扱っていないのは、世界的事実であるし、ここシアトルの THE OCEANAIRE の品のよいムードには小さい牡蠣が似合っている。フランスともNYとも異なる味わいのあるなかなかのオイスターバーである。

牡 蠣 養 殖 場

  • いよいよアメリカ西海岸ワシントン州の海に向かった。シアトル中心からから120km北に向かったところにある、TAYLOR SHELLFISH FARMS 会社の一つの養殖場、SAMISH BAY である。
  • FARMS に着くとマネージャーの JAMES HALL 氏が大きな身体で迎えてくれる。事務所で話を聞くが、とても親切。隠し事をしない方針ということで何でも教えてくれる。
  • 事務所は海と至近距離にある。その事務所の裏をガタゴトガタゴト大きな音を立てて、シアトルからカナダに行く列車が走っていく。貨物列車は見飽きるほど長い車両が繋がって走っていく。客車列車少ないようだ。事務所の近くには駅がないので停まらないようだ。地元の人は利用していないだろう。当然、無人踏切である。
  • TAYLOR 社は1890年から養殖している。ワシントン州に12か所。メキシコ、カナダにもある。小さいところから大きいところまでいろいろある。訪問したこの SHELLFISH FARMS は1,700エーカーの広さ。大きいほうだ。
  • 養殖には潮の満ち干が大事である。政府が発行する TIDE GUIDE を参考に作業する。今日の5月24日は9:59に潮が最も干く。天気のよいときはよく干く。
  • 西海岸の海はアメリカ・カナダ政府が所有し監視している。ワシントン州では海水の調査は州、貝類の中味調査は政府である。海水より海底の地面にカドニウム害、水銀害が多いので真剣に調べているらしい。このことはシアトルでインタビューした主婦も心配していたから、関心が高まっているのだろう。
  • この養殖場の貝類収穫量全体の、65%はアジア向けに輸出している。香港、東京、シンガポール。アサリ、みる貝など。牡蠣は香港が一番だ。輸出向け専門の販売会社をつくって輸出している。
  • マガキ牡蠣は第二次世界大戦までジャパニーズ牡蠣という名前だったが、それ以後パシフイックオイスターにしたという。この話は始めて聞いた。何故パシフイックオイスターと称しているのかが、ようやく分かった。日本からマガキを持ってきたときに、MANILA CLAMS という貝が一緒についてきて、この貝がアメリカでは人気で、この会社が MANILA CLAMS 生産の全米一だという。
  • パシフイックオイスターの産卵はここで行っている。三倍体牡蠣であり、アメリカでは三倍体牡蠣が殆どだ。また、一年に一回だけお祭みたいな企画があって、このあたりに住んでいる一般の人に種牡蠣を売っている。これはビーチをもっている一般の人にもオイスターを普及させようとするものである。オイスターガーデンつくりだという。そうすると水に対して関心を持ち、水を綺麗にしようとする気持になるし、水を守る意識につながるからだという。
  • 牡蠣養殖法は籠箱に稚貝を1,250個入れ、600kgあるが、これをフォーリフトで海の中に置いて、それに浮きをつけて置く。牡蠣が大きくなってから、満潮のときに船で浮きを引っ張って陸に運んでくる方法である。
  • アメリカでのマーケットではカリフォルニアが大きいという。理由はアジア人が多いことだ。アジア人はよいものは買う。アメリカ人はバーベキューで夏に牡蠣を食べる。牡蠣の最悪の季節に食べる習慣がある。この習慣はよくないがアメリカ人は分かっていないと慨嘆する。
  • とにかく親切な説明で感激していると、その理由が分かった。マネージャーの JAMES HALL 氏は、自宅に日本人の高校女子学生をホームスティさせていたことがある。その写真を見せてくれる。いつも持って歩いているらしい。今その日本の留学生はスエーデンの大学に行っていると、自分の子供のように自慢する。その子のおかげで日本びいきになったらしい。一人一人の行動が大事で、国の評判はこうやって決まっていくのであることを、現場に来てみて分かる。

ブ ロ ン 牡 蠣 の 養 殖

  • ところで、ここにはブロン牡蠣を養殖している。ブロン牡蠣の養殖は難しい。本家のフランスでも養殖地は限られている。
  • マネージャーの JAMES HALL 氏はとても親切であるから、ブロン牡蠣の養殖現場を見たいというと案内してくれる。ただし、ブロン牡蠣の養殖は地蒔き方式のため、潮が引いたときに現場に行くしかない。
  • 潮が引いた海辺、そこは泥海である。海底が岩盤でないので泥沼である。そこで、特大の腰まである長靴で歩いていくのだが、泥に足が埋まって何回も歩けなくなった。靴底が泥の中に埋まってしまう。さらに、倒れそうになり手を海底について泥だらけになり、JAMES HALL 氏が手を引っ張ってくれ、ようやく泥底から脱出できるという状態が続き、どうにかたどり着いたところが、広いブロン牡蠣養殖地であった。
  • 海底に500万個、稚貝から育って2年目、一般的にまだ小さいが、時折巨大な牡蠣もあり、それらが一面に散らばっている。これを手で拾ってかごに入れ、浮きをつけておいて、満潮のときに回収に行くのである。
  • sign_17.jpg海底のブロン牡蠣
  • この現場に行くのも大変だったが、帰りはもっと大変で、行きと同様の危険状態となった。後で聞くといろいろな見学者が来たが、ここまで来たのは今回だけということで、表彰ものだということであった。
  • とにかく長靴の足が海底に埋まっていく感覚は、一瞬そこに身体が吸い取られそうな状態になり、このまま置いていかれたら陸地までたどり着かずに死んでしまうだろうという気持になった。実際にこの場所で体調不十分な社員がいて、この場で倒れたときには、車は入れないので、救急ヘリコプターを呼んで空から船を運んで乗せ、その船をヘリコプターのロープで引っ張って、ようやく陸地に引き揚げたという事件があったということを陸に戻って聞くと、大変な視察をしてしまったと反省しつつも、視察できたことを感謝した。牡蠣養殖場の視察も体力が必要とするのであって、今までのなかで一番大変だった。

123