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牡 蠣 養 殖 場

  • 8時半ごろになってようやく明るくなった。そこでホテルを出発した。行先はカンバドスCambadosの国営ホテルである。ここでアントニオ・セルビーニョ氏、サルバドール・ゲレロ氏のお二人に会うのである。お二人はガリシア州政府海洋水産庁管轄のコロン海洋研究センター(CIMA)勤務で、アントニオ氏は生物学者で、甲殻類(主として牡蠣、アサリなど)の稚貝を育てる研究に従事している。現在サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の研究室チームと合同で卵から育てる牡蠣養殖の研究をしている。
  • サルバドール氏も生物学者でCIMAセンターの研究員で、ガリシアにおける平牡蠣養殖のパイオニアの一人である。ホテルのロビーでお会いしたお二人、とてもフランクで好感度高い。早速にお話を伺う。ガリシアでは99%がヒラカキということに少し驚く。マガキは少ないという。理由としてスペイン人はヒラカキが好きだからという。ここまでは理解できる。しかし、次の発言に驚愕する。「ヒラカキ全体の80%は、外国から成長した牡蠣を仕入れて、それをガルシアの海に入れ、早いもので一週間から数カ月でスペイン国内へ出荷する。この表示は北大西洋としている。数量は1200tから1400tである」との内容。つまり、稚貝から養殖していないということになる。それと生産量が少ないことに驚いたのだ。
  • また、その輸入先はデンマーク68ot、イギリス140t、イタリア200t、アイルランド90t、フランス90tというところ。デンマークが多いがイタリアが年々増えているという。これで養殖といえるのか。ガルシア産としてブランド化しているといえるのか。ここに来るまで、当然ながら稚貝から育てていると確信していた。何故なら、スペインのガルシアの海は素晴らしいリアス式であり、風光明媚であり、そこで牡蠣が養殖されて、味わいのよい牡蠣ができていると信じていてからである。ところが、全体の八割が外国から育った牡蠣を仕入れし、短期間ガルシアの海に入れて、それを出荷している事実に驚愕したわけである。
  • あまりにもこちらが驚いたので、お二人は慌てて発言する。勿論、稚貝からも養殖している。フランスから仕入れた6カ月の稚貝をセメント、これは黒セメントメグロというが特別な薬剤が入っているものにつけて、24時間たつと着くので海に入れて以後養殖している。これをガリシア産と表示している。また、全体の5%程度は人口的に稚貝を育てる三倍体も養殖している。これは70年代後半から研究してきたものである。このような実態になっているのは、養殖が各企業によって営利中心で行っているからという説明に、ブランド化をすべきでないかと反論すると、企業数は大きいところが5社、小さいところも5社計10社あるので、そこでいろいろ聞いてみてくれと、これからそこへ行こうという。

養 殖 企 業

  • 国営ホテルから10分で、海辺の養殖会社に着く。MARISCOS DAPORTAマリスコス・ダポルタ社。1955年の設立。1999年から兄弟で経営している。社長が説明してくれる。ガルシアの海では、1950年から60年代は自然の牡蠣が多くあり、それを獲って販売しているうちに、当然ながら自然牡蠣は少なくなって、今は輸入して販売しているのだと、当時に生まれればよかったなぁと、社長が溜息的な見解を冗談ぽく愚痴る。また、元々昔のスペイン人は生牡蠣を食べなかったので需要は少なかったので、自然牡蠣での対応で過ごしてきたが、ここ30年食べるようになって商売になってきた。それと配送手段が冷凍とかが進んできて需要が増えたのだという。
  • このような説明に複雑な思いをもつが、とにかく海の養殖場を見てくれというので、船に乗って沖合に向かった。養殖場がある海は、水深8m、干満差4mである。この海に太い鉄管で頑丈に組み立てられた筏が浮かんでいて、この筏に牡蠣をつめた箱をロープでつないでいく。海底に箱はつけずに浮かべたままにする。これが成貝の育て方で、到って簡単である。
  • 次に、稚貝0.5cmくらいになったものを2000年1月に買ってきて、一年過ぎた今の2010年1月になったものを見る。3cmから4cmになっている。これも筏の中においた箱中で育てている。この3cmから4cmになったものを、セメントにつけて海につるすと三カ月経過して出荷できるというものを見る。本当かと疑問視するとできるという。指を広げて大きくなるという。これがスペイン・ガルシアの海での養殖方法である。
  • s_03_01.pngガルシアの海での養殖
  • 船から浜に戻って、アサリの競り場を見学する。競りは終わっているが、ガルシアアサリと、日本アサリ、ホタテがおかれている。見学後、レストランに入り、コーヒー飲みながら話し合いする。スペイン人の二人は赤ワインを飲む。話は、再び、昔は牡蠣の宝庫だったという述懐になる。それを獲りすぎて無くなったのと、スペイン人が生牡蠣を食べだしたので輸入して出荷することにしたといい、指摘を受けたガリシアの海をテーマにした牡蠣のブランド化、その重要性は分かっているが、進んでいないという。
  • そこで、再び当方から、そこが問題点だと指摘し、他の国ではどこの海でも「俺の海の牡蠣が一番だ」と競っているのが実態だ。ガリシアの海で育った牡蠣が一番だと自慢するようにしてほしいというと、黙ってうなずく。かなり意外の感が強いスペイン・ガルシアの海での牡蠣養殖であったが、考え方を変えれば、素晴らしい自然をもっているわけであるから、これからの展開如何で、ガルシアの牡蠣は世界ブランドとして飛び出す可能性がある。それを期待して、ガルシア州で最も著名というより、世界的な聖地に向った。その概要を少し報告してスペイン牡蠣事情を終えたい。というのも今年は記念すべき年だからである。
  • 2010年は「シャコベオXACOBEO(聖ヤコブ)大祭」の年キリスト教12使徒の一人である聖ヤコブ(スペイン語名サンティアゴ)の墓が9世紀初頭、スペイン北西部サンティアゴ・デ・コンポステーラで発見され、それ以来、ローマ、エルサレムと並び、このサンティアゴがヨーロッパ三大巡礼地の一つとして崇められ、キリスト教信者の心の拠り所となっている。
  • 中世には年間50万もの人が徒歩又は馬車でピレネー山脈を越え、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指したと言われている。その道程は約800kmにも及び、巡礼者は巡礼のシンボル(通行証でもあった)であった帆立貝の貝殻を提げ、水筒、杖を手に長い道程を旅した。 巡礼ルートは2つあり「サンティアゴの道」といわれる本ルートは北部内陸を、もう一つの沿岸ルートはカンタブリア海沿いを通る海岸ルート。これら街道沿いには巡礼者の為の宿泊施設としても使われた修道院、教会、病院などが多数点在し、その時代の文化、芸術、歴史の足跡が色濃く残り、現在では歴史街道となっている。この巡礼街道はユネスコの世界遺産に指定され、又日本の熊野街道(和歌山)と姉妹街道にもなっている。
  • s_03_02.png聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ聖堂
  • この聖人の祝日7月25日が日曜日にあたる年は「聖ヤコブ年」といわれ、2010年がこの年で、「シャコベオXACOBEO(聖ヤコブ)大祭」が行われ、この年1年間、最低150kmのサンティアゴ巡礼道を歩くと(自転車では200km)罪が許され、大変なご利益があるといわれている。さらに、この1年間は、サンティアゴ大聖堂の巡礼者の門が、年中無休で開門されていて巡礼者がいつでも聖ヤコブにお祈りすることができる。これに因んでガリシア地方を中心に以下の各種イベントが企画され、スペイン・ガリシア州としては2010年を通して一千万人以上の巡礼観光客を見込んでいる。
  • 「ボタフメイロ(大香炉) Botafumeiro」の儀式サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂を目指し、巡礼者のために用意されている指定の宿泊所でスタンプを押してもらい、徒歩又は自転車で歩き歩きつづける。全行程800kmにも及ぶ長くて厳しい道のりを、歩き通す苦労は並大抵のものではない。無事にサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂に辿り着くと、めでたくも有難い「巡礼証明」がいただけ、毎日12時のミサに臨むことができる。ミサでは、運が良ければ世界最大の香炉ボタフメイロBotafumeiroが振り子の様に往復する光景を見ることが出来るだろう。
  • このボタフメイロBotafumeiroとはガリシア語で「煙を撒き散らす」という意味。その起こりは聖なるミサ儀式のときに用いられる、神に捧げるための香炉であるが、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の場合は、膨大な数の巡礼者たちが連日礼拝に来る為、巨大な大香炉が必要とされ、1554年フランスのルイ11世によって、銀製の巨大な香炉を寄進されたが、1809年にナポレオン戦争によって略奪されたので、現在は銀メッキされた真鍮製で重さ54Kg、高さ154cmという巨大なものを使用している。
  • 大聖堂内で香炉を使う意味は、元々神に捧げる為であるが、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の場合はもう一つの意味もあった。それは中世時代大聖堂では巡礼者達を堂内に寝かせていたが、彼らの汗まみれの身体から発する臭気が堪らず、その臭いを消す為に巨大な香炉が必要だったといわれている。
  • 今では、正式なミサ以外でも、巡礼者が300ユーロの寄付をすれば大香炉を、正午から8人の司祭が滑車つきの太いロープを引っ張って大香炉を吊り上げ、大祭壇前の高くて広い空間を天井すれすれに左右に大きく揺らしてくれる。その姿はまるで煙を吐く空中ブランコの大サーカスのように、大香炉はプロペラ飛行機のようにブーン、ブーンと鈍い音を出し、風を切ってダイナミックに揺れ、高さ45mもある天井に届きそうなり、一瞬ヒヤッとさせられるほどだ。
  • 最大スピードは時速80キロにもなるというから、真下で見上げていると恐怖感を感じるかもしれないが、この儀式は数分間で終了するが圧倒されるボタフメイロBotafumeiroである。
  • さすがに世界遺産が世界第二位の41か所のスペイン、その代表ともいえるのが、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂である。牡蠣養殖では少しがっかりしたが、ここではその素晴らしさに息を飲むことになった。
  • これでスペイン編を終わりたい。

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