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世界牡蠣研究家
山本紀久雄

  • デンマークは、米コロンビア大学地球研究所が調査し発表した世界各国「幸せな国」ランキングでトップを占め、ロンドンのライフスタイル誌「モノクル」が「住みやすい都市」で首都コペンハーゲンを第一位に位置付けた。世界各地を回っている筆者の主観的感覚基準で判断しても、この評価は「ほぼ妥当だ」と思っているが、もうひとつ付け加えたいのは「食べる」レベルの付加価値付けである。
  • コペンハーゲンの海沿いの倉庫街の静かな場所に、レストラン「ノーマ」がある。ここは2013年の「サンペレグリノ世界のベストレストラン50」では二位であったが、それまでの三年間はずっと首位を続け、今や世界一予約がとれないレストランという神話が確立しているが、これもコペンハーゲンの名を高めている要因に寄与している。
  • ところで、料理といえばフランス料理というのが今までの定説で、無形文化遺産にも登録されている。しかし「サンペレグリノ世界のベストレストラン50」を見ると、フランス勢は10位以内に一軒もなく、辛うじて16位にラルページュ、18位にル・シャトーブリアン(ともにパリ)がランクインするのみで、東京・南青山のフランス料理店「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」の12位より下位であるから、フランス勢の凋落は目にあまりある。
  • フランス料理は「料理の中の料理だ」「フランス料理は文化だ」という、世界で一般的に認識されている美味礼讃評価から考えると、明らかに地盤沈下といえる。仮に1990年代ならば、確実にこのランキング過半数はフランス勢であったはず。何がこのような実態にさせたのか。フランスという国への評価が下がっているのか。又は、グローバル化した美食の世界に対応できていないのか。ミシュラン評価だけに安住していたのか。いずれこれを検討してみたいと思っている。
  • 今日は、このノーマに平牡蠣、それも養殖でなく天然ものという貴重な産地であるヴェヌー島Venøに向かった。日本で普通に食べている牡蠣はマガキであって、これは世界中どこでも同じである。つまり、日本をオリジンとするマガキが世界を制覇しているのであるが、この最大要因はフランスオリジンの平牡蠣が病気で生産が激減して、その代わりにマガキが各地の海に投入されたという背景がある。したがって、平牡蠣生産量は少なく、その分価格は高い上に、自然の状態で採れる平牡蠣漁場は殆どないと言っても過言でない。
  • その珍しい天然平牡蠣がノーマに納入されていて、それがユトランド半島のストルーアSTRUERという街から4㎞離れた、北フィヨルドに位置する全長7,5km、最大幅1,5km、面積645haという小さなヴェヌー島から届けられると聞いて訪問したのである。シェラン島に位置するコペンハーゲンを12:50発の列車で出発。約4時間かけてユトランド半島のストルーア駅に16:47に着き、そこで一泊し、翌日にヴェヌー島に行く予定であるが、その前に中央駅前でチボリ公園の入り口前のアンデルセンで昼食をとることにした。このアンデルセン、実は日本の広島の店である。コペンハーゲンに進出して既に3店オープンさせ、地元の評判も良い。味も問題なし。大したものだと思う。
  • 中央駅のホーム、今日は祭日で田舎へ帰る人が多いのか、二等指定列車は満員。フランスやドイツの列車と違って、車両とホームに段差がないので、バック持つ身には助かる。ドイツでは大きなバックを持ったお年寄りが、周りを見回して助けを求めているのが通常風景であり、加えて、車両が指定された位置に停まらないのが普通であるが、デンマークは違う。さらに、車内の表示も分かりやすく、次の駅名が表示されるので問題ない。細かなところだがこういうところが国の住みやすさという点で評価を上げているはず。勿論、列車システムは日本が世界一であるが・・・。
  • 乗車して座った椅子心地も問題ない。隣の席には、おばあさんの一人旅と、兄弟らしき子供。親はいなく二人だけ。動き出すとおばあさんが兄弟の面倒をみだした。サンドイッチを食べさせたりしている。子どもたちもおばあさんの面倒を気持ちよく受け入れているので、親族かと思って聞くと「違います」との答え。こういうところにもデンマークの調和された国家像が現れていると感じる。車中でコペンハーゲン在住の通訳日本人女性からいろいろ聞く。デンマーク人の平均月給は事務職で二万クローネDKK(18円換算で36万円)、マネージャークラスが5万DKK(90万円)だという。週37時間労働。ボーナスなし。国民性として無駄なものは買わない主義。想像するに、家の中は余分なモノが少ないと思う。
  • 窓からみえる家並み、結構、線路わきにあって、原生林があまり見当たらないが、樹木の緑は深い。その中に菜種をとる黄色い花畑が広がっている。5月の今が一番美しい季節だという。しかし、冬は風が強く厳しい気候になる。風力発電の塔が多く、一軒家の屋根に太陽パネルが多く設置されている。景観としては南仏の方が色彩のクリアさで優って明るく整っている。やはりデンマークは実質的なところで評価されているのだと風景を見ながら感じる。この国の特産物は豚肉と乳製品と家具。北欧四カ国を比べてみると、デンマーク人は明るく、フィンランド人は冷たく、ノルウェーとスェーデンは酒が入ると大騒ぎするというのが評価である。
  • 高校・大学への受験はない。全て学校の成績で決まるが、小学生まで成績表なし。先日、中国の子供とデンマークの子供の学力比較があり、上回ったのは英語だけで、これが国民全体でショック受けたらしい。4時間乗った列車からストルーア駅に降り街中に入ると、意外に煉瓦の家並みがそろってシックな街である。その街中を少し歩き、ヨットハーバー畔のレストランへ行く。ハーバーなので魚料理かと思ったが、肉が中心のメニューで、店内は雑然としていて、客を丁重に扱うとういう雰囲気ではない。だが、客がドンドン入ってくる。地元の人気のレストランということが分かる。
  • 店内を仕切っている店主と思われる年配の女性に、前菜に小エビ、メインに牛肉とポテトと豆のひと皿盛り、それとツボルクビールをオーダーする。なかなか出てこない。ようやくビールが出てきたが、何とカールスバーグなので「ビールが違う」というと、年配店主は「同じようなものだ」という迫力ある一言。これにこの店の雰囲気が顕れていて、逆に好感を持つ。小エビと肉は美味い。追加で赤ワイングラス一杯飲んで、ホテルに戻り、もう一度街中を歩き確認してみると、なかなかおしゃれ感覚で小粋な通りが続いている。デンマークの田舎もバカにできないと感じる。日本にはこのようなしゃれたところは少ないのではないか。この町を見てデンマークのよさを改めて感じる。
  • 翌日は海を渡って小さなヴェヌー島に向かうため、7:30に出発しようと車を手配したが、15分前に来る。デンマークの国民性は時間正確という。ドライバーが両手に大型バックを簡単に持ち運び、そのまま車に積み込む姿を見て、ここはバイキングの国だと実感する。体格が日本人と全く異なるのだ。ホテルから7分でフェリー波止場に着く。ここから対岸のヴェヌー島に渡るが、船に乗っている時間は3分にすぎない。乗った途端に着いたという感覚。これが20分間隔で行き来している。多分、日本では橋をつくってしまうだろう。
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  • ヴェヌー島は、人口は199人(2007年)、211家屋、この他に子供の学校アフタースクールEfterskoleに92人在籍している。このアフタースクールとは14歳から18歳の学生が1年、2年又は3年間過ごすことを選択できる独立した住宅学校で、デンマーク全体で260校ある。また、島のヴェヌー教会は、デンマーク最小の教会として有名である。
  • この島で取れるジャガイモ、ラム肉、ステーキ肉などは美味で、北フィヨルドの独特の自然に囲まれているため、アーティストが魅了され移り住んでいる。フェリー料金は車一台123 DKK (2214円)。島に上がると、松などの樹木の上部が風のために傾いている。島の風が強いことが分かる。わら葺屋根の家もある。フェリー波止場から約10分、本道から砂利道の側道に入り、少し走ると養殖場のオーナーの家に着く。
  • 車の音が聞こえたのか、この寒い日にTシャツ一枚、ジーパン姿の長身男性、50歳は過ぎているだろう男性が出てくる。ここは自宅なので養殖場へ案内すると、自分の車、トヨタ車で走りだす。島全体が645haで、自分の所有は135haであるという。随分な大地主だ。5分もしないうちに停まる。ここが魚ファームだという。
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  • 地主が叫ぶと、頭の禿げた中年男性が出てくる。この人物がここの責任者である。住まいは島でなく別のところから通っているが、祖父がここで牡蠣商売していたので、電車会社に勤めていたが、祖父を引き継いでここの経営にあたっている。従業員3名。ノーマに入れていることを確認すると笑顔で頷く。
  • この島は氷河時代からの考古学物があるので、相当昔から人が住んでいたと思われ、大体の島民は自給自足の生活だと言う。さて、牡蠣は平牡蠣だと自信たっぷりに語る。フィヨルドから成育した牡蠣を獲って来て、それを洗浄して出荷する方法。つまり、養殖ではないことを強調する。
  • 実は、今まで平牡蠣を養殖しているところを視察はしたが、天然平牡蠣を海から獲って、それも世界一のレストランに納入しているところははじめてである。ここの海は深さ5m、干潮差は30cmから40cmと少ない。海水はEU基準のAでとても奇麗で清潔だと胸を張る。100年前は湖だったとも語る。牡蠣は漁師が底引き網でフィヨルドから獲ってここに持ってくる。
  • 年間数量は10~12t。売上は20万ユーロ売上。個数で10万個くらい、一個の平均出荷価格は2ユーロ。結構高い値段だと思うし、これではノーマでも相当高いだろうと推定できる。一枚の書類を説明しだす。漁師がフィヨルドから獲ってきた船の認識番号、収穫グラム量、海底の場所、漁師の名前と登録番号などが書かれている。差し出された報告書は840kgとあり、この中の3kgを保管し、3kgを政府の検査機関に届け、バクテリアとサルモネラ菌などの検査をする。浄水槽の検査は毎週行って、藻の種類も細かく変化を調べる。
  • 洗浄後の出荷明細も資料化していて、これが牡蠣の証明書ともなる。つまり、どこへ何個出荷したというトレサビリティを行っているのだ。
  • 平牡蠣の大きさは四種類に分けている。
  • 1は60から80g
  • 2は80から100g
  • 3は100gから120g
  • 4は120g以上
  • 実は、フィヨルドにはマガキも生息している。フランスから来た船の底についてきて、それが自然に育ったものだが、これは獲らないし歓迎していない。味が違うと強調する。水槽のある場所に行く。水槽は四つ。ここに漁師ごとの牡蠣に分けて洗浄するが、全て手作業で、5日間入れる。紫外線を当て、水を循環させ、全てコペンハーゲンに出荷。レストラン等では冷蔵庫や日が当らないところで保管、賞味期限は7日間。さて、1の牡蠣を食べてみる。価格は1.5ユーロで、この大きさが一番美味いというので。本当に美味い。塩水は辛いがそれほど厳しくなく、塩と甘みがミックスし、最後に舌へ残る鉄分の旨みが増してくる。見かけは身が硬いようだが実際に食するとやわらかい。やはり養殖ものとは違うのかと思う。
  • そこへ地元の新聞社が来て、取材中の写真を撮り「これでこの島の牡蠣も知られるだろうとつぶやく」。今まで誰も牡蠣の取材で訪れていないのだと思う。このヴェヌー島の平牡蠣は高いので、高所得階層か、大晦日と新年という特別の日に食べられるという。毎年、大晦日に女王陛下に贈呈しているが、陛下の主人であるフランス人から礼状が届く。食べる季節は9月から翌年6月まで。夏場は食べない。理由は量が少ないから。この島では、フィヨルド漁業使用券1年間200DKKを買えば、誰でも海底から獲れるという。ツーリストでも300DKK払えば大きな網で獲れる。このお金は年間4000万DKKとなって、漁業に関するものに使われる。同業企業は5~6社あるが、牡蠣よりはムール貝を中心にしている。
  • しかし、やはり養殖には興味があり、来年には養殖ものを出荷したく、今年から研究しているところだという。理由はいくつかあるが、最も大きいのは市場からの要望である。もっと数が欲しいということと、コペンハーゲン以外からも要望されている。それとここ数年寒さが続き、海が冷たく稚貝の育つ量が少ないので牡蠣生育も減っている等。その今年から本格的に始める牡蠣養殖方法。まず、親牡蠣から卵を産ませ、水槽の底にムール貝の殻を敷いて、そこに付着させ、それを外の池で育てる。池の水は沖合からくみ取り、不純物をとってから池に入れる。池は外であるから自然の温度管理状態であり、海と同じ状態となっている。
  • 既に3年前からテスト展開しているが、一応、成功していていると判断している。外にある池には6月から10月まで入れ、稚貝が1cmから3cmになると、海の1.5km×500mに囲んだ海域に持っていき、この海で1年半、網篭に入れて海底から1m上から4mの上の海上まで網かごを重ねてつるす。数量は大体400万個から500万個くらいで、販売できる生育牡蠣になるのは100万個と推定している。
  • 現状は夏場の牡蠣収穫量が少ないので、出荷していないが、基本的にデンマーク人は夏でも食べる習慣があるので、養殖によって今後は一年中出荷でき、従業員も3人増やす予定だと明るい希望を語る。向こうにもう一つ水槽があるので見に行くと「ヒラメ」が泳いでいる。これも養殖しているのである。生育すると3kgから20kgとなって、1kg=200dkk程度の高価格で売れるという。出荷量は年100tくらい。
  • コペンハーゲンから一泊で訪れたデンマークの片隅、ユトランド半島の北フィヨルドに位置する小さなヴェヌー島牡蠣が、デンマークの「幸せな国」ランキングでトップ、それとコペンハーゲンの「住みやすい都市」第一位、この位置付けに寄与していることを確認した牡蠣事情の旅であった。

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